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子育て育児は悩みが尽きませんが、その1つに『三歳児神話』を信じるかどうか?がありますよね。
ハッキリとした解がなさそうな悩みも、(ママの間で話題の)プログラミング教育・プログラミング学習的に考えてみることで、《自分なりの答え》を導き出すことが可能です。
一度、試してみてはいかがでしょうか?
それにしても、育児や子育てって・・どうしてこう悩みが尽きないのでしょうか?
それって、
『これこそが正解!!』 といったハッキリ&スッキリな答が “実はないから” なのではないかと。
例えば、巷でよく耳にする『三歳児神話』というマジックワード(=摩訶不思議な言葉)。
と、悩んでいるママ達も多いかと思います。
神話とか、都市伝説とか、常識とか・・
私たちの身の回りには、様々な呼び名の “噂” 的なモノが飛びかっています。
でも、よくよく考えてみますと・・
ひとくちに 『常識』 といっても、常識って、その人が置かれている立場や環境によって変わってくるものですから(例えばお国柄とか)、“万有引力の法則” のような科学的な法則とは違って、誰にでも当てはまるような普遍的な常識なんて “無くて当然” なのですよね。
“昨日の敵は今日の友” ではないですが、 以前の自分にとって非常識だったものが、今の自分にとっては常識、そんなことも結構あるかと思います(苦笑 )
当記事では、
多くのママ達(特にワーキングマザー)を悩ませている『三歳児神話』を1つの題材として、《明確な答え・正解》 がない事柄に対して、どのようなアプローチを取っていけばその悩み(呪縛?)から抜け出すことができるかを考え&提示したいと思います。
その具体的な手法は・・
2019年の今まさに! 子育て・育児中のママ達の間で大注目となっている(?)『プログラミング学習(教育)&その考え方』 にあります。
三歳児神話とは?『神話』と付く意味について
三歳児神話という言葉ですが、
なぜ、『神話』というフレーズが付いているのでしょうか?
まずは、その内容を確認してみましょう。
以下、Wikipedia(ウィキペディア)よりの引用です。
三歳児神話(さんさいじしんわ)とは、子供が3歳になるまでは母親は子育てに専念すべきであり、そうしないと成長に悪影響を及ぼすという考え方
また、
同 Wikipedia 記事には、以下の内容の記載もあります。
平成10年(1998年)版『厚生白書』が「少なくとも合理的な根拠は認められない」と初めてこの問題に絡む記載をしたが、厚生労働省はその後の国会答弁で「三歳児神話というのは、明確にそれを肯定する根拠も否定する根拠も見当たらないというのが事実」とした。
《三歳児神話 – Wikipedia》の詳しい内容は 以下のリンクより
https://ja.wikipedia.org/wiki/三歳児神話
という訳で実は・・
Wikipedia 記事内(の国会答弁の部分)でも、『三歳児神話』は、「肯定・否定のいずれについても、明確な根拠は見当らない」とされていることが、記されています。
もう少し、歴史的な背景を遡ってみますと・・
三歳児神話という『神話』がいつから広く知られるようになったのか?
そのキッカケを作ったのは以下の出来事だったそうです。
(※三歳児神話に関する学会で “よく知られている定説” として紹介されている内容です)
なんと!?
元々の発端となった調査報告は、1951年にまで遡るのですね・・
先の厚生白書にて、日本国内で初めて公にこの問題が取り上げられたのが1998年でしたので、その間だけでも既に50年近くの年月が流れていたのです。
しかも・・・
その調査対象は、《二次大戦時の戦争孤児》という非常に特殊な状況&環境下にあったケースだったのですね。
そんな特殊な事例を、一般的な育児・子育てのケースに当てはめて論を進めていたのであれば、
その話しを聞いた誰もが
と感じるのは、とても自然なことだと思います。
というような訳でしたので、
三歳児神話の『神話』という箇所については、その歴史的背景をちゃんと押さえさえすれば、その言葉にネガティブな意味が忍んでいるのも、ごく当然であることが分かります。
結局のところ、
科学的な根拠の有無うんぬんの問題などではなく、それ以前の問題である、ということですね。
そして・・・
当初からのそんなビミョ~な状態が今もってずーっと続いている(放っておかれている?)ため、厚生労働省の白書が出された1998年からも既に20年以上が経過している2019年の今に至っても、『神話』 という扱いは変わっていないようです。(元号も令和になった今でも!)
三歳児神話を信じるママと否定するママ・・その違いは?
巷には確かに、
《三歳児神話を信じるママ》と《三歳児神話を否定するママ》の両方が存在します。
でも、その両者は本心から違う見方をしているのでしょうか?
真偽のほどが長く不明なままにもかかわらず・・
多くのワーキングマザー(ママ)からは、『三歳児神話』というフレーズが “否定的に扱われている” のは事実です。
三歳児神話を否定するママ達も多くいる・・・
その訳は、先ほど引用した説明内容の以下の箇所に集約されているのでは? と思います。
~ 子供が3歳になるまでは母親は子育てに専念すべきであり、~
この《すべき》という言葉こそが・・・ 働くママ達を苦しめている、そう感じます。
その言葉は常に頭の片隅や胸の奥底に引っかかり続けているでしょうし、 職場においては、《マタハラ(マタニティーハラスメント)》 という具体的な形を伴って襲い掛かってくることも、決して珍しくはないので・・・
(とても残念なことですが )
きっと、
働くママ・ワーキングマザーの大半は、気持ち(本心)としては、「子育て・育児にできるだけ専念したい・・・」と感じているはずだと思うのです。
ですが、経済的なことなどの様々な理由により、そうした気持ちを封じて懸命に頑張っていても・・・
または、 “働きがい” という自己実現を望む気持ちとの葛藤に苦しみつつ頑張っていても・・・
周囲の《社会的な環境や職場環境(=もっとハッキリいってしまえば “男性社会” )》からは、ハラスメントを受けてしまう・・・
『三歳児神話』に否定的な働くママ達の言葉のはしばしからは、そんなやり切れない&切ない想いが感じられます。
この《すべき》という言葉の周辺部分が以下のように変わったとしたらどうでしょうか?
仮に、
世の中がそのような見方をするようになったとしたら・・
(例えば、“ワンオペ育児” なんていう言葉が自然消滅したりしたら)
《三歳児神話を否定するママ》は、ほぼいなくなるのではないでしょうか?
三歳児神話を信じるママと否定するママ・・その違いは?
残念なことに、現在は上の問いが成り立ってしまいます。
でも、本当は以下のような問いを発するべきなのでは。
と。
なお、
https://ja.wikipedia.org/wiki/三歳児神話 の記事(の国会答弁の部分)には以下のような内容もあります。引用します。
(前略)ただ、乳幼児期は、非常に特定の者との深い愛情関係、愛着関係を通して大変人間としての成長があるということで、人間に対する基本的信頼感を形成する大事な時期であることは事実でございます。」と答弁している。
さて、結局のところ
三歳児神話とは単なる『神話』なのでしょうか?
それとも、おおむね真実なのでしょうか?
『○か×か』 を問われる(=正解か不正解かのどちらかの解を要求される二元論)教育を受けてきた私たち親世代は、『ハッキリとした答え』をついつい求めがちですが・・・
でも、世の中には、『ハッキリとした答え』 がないことが沢山ありますよね。
というか・・ 身の回りの出来事って、実はハッキリとした答えがないケースのほうが多いのではないでしょうか。
だからいつも
となってしまいがちな訳ですが。
そんな時に取り入れたいのがズバリ!!
ママ達の間で今話題の 『プログラミング学習(教育)』 的な考え方です。
プログラミング学習(教育)的な考え方とはナニ?
《2020年度に 『小学校にプログラミング学習が正式に導入』 される》とのことで、小学生は勿論、幼稚園児&乳幼児の育児・子育て中のすべてのママ達が、まさしく今!大注目!!をしていることと思います。
その 『プログラミング学習(教育)』 の肝となる部分の内容を、以下の書籍から引用させてもらいます。
↑上の書籍案内リンクの内容は《2019年版》になっていますが、以下の引用部分は同書籍『小中学生からはじめるプログラミングの本(日経BPパソコンベストムック)』の《2018年版》からの引用となります。
~前略~ 特に「プログラミング的思考」ができる人が、これからリーダーには必要といわれています。米国などが進めている、科学や数学に重点をおく「STEM教育」の手段として、プログラミングが注目されています。
小中学生がプログラミングをするメリットは、論理的思考能力や創造力を養うことができることです。プログラミングの専門知識を習得することではありません。
~前略~ プログラミング教育はプログラミング言語を覚えるものではない、と新学習指導要領には明記されています。
引用箇所の文中にあった語 【STEM教育】 について:
【STEM(ステム)教育】とは、1990年代にアメリカで提唱された理数系教育の総称ことで、科学(Science)・技術(Technology)・工学(Engineering)・数学(Mathematics)の頭文字を取ったもの。理工学的分野にフォーカスした教育を促進することで、今後の社会でより必要性の高まる 『プログラミング的思考』 に長けた人材の育成を重視している点が特徴の教育(戦略)のこと。
1番のポイントは、
『プログラミング学習(教育)』の狙いは、《プログラミング的思考=論理的思考能力&創造力》を養うこと、にある点だと思います。
では、《プログラミング的思考》 とはどんなものなのでしょうか?
幸いなことに、
私はプログラマーとしての経験がありますので、間単に案内をさせてもらいますと、
《プログラミング的思考》 とは、以下の3つの考え方(思考&試行の手順)がその柱となっています。
中でも・・
のが
《条件分岐》です!
《条件分岐》とは、
『い』の場合は『Aへ』、『ろ』の場合は『Bへ』、『は』の場合は『Cへ』・・というように、様々な 《条件》に対するケースごとの対応方法の異なり具合によって、以降の《ルート・進路》も次々に分岐・枝分かれしていくパターンのことになります。
《条件分岐》 のパターンを図で表しますと、例えば以下のような形になります。
上図のように、
分岐点となる《条件》が幾つか出てきますと、その都度枝分かれをする《ルート・進路》も複数(路)に分かれていきますので、その組み合わせは結果的にとても《複雑多岐》になっていきます。
で・・
そのプロセス・過程って、何かにスゴク似ていると感じないでしょうか?
そうです!
私たちの身の回りの “現実&実生活の出来事” と同じなんですよね
例えば、
わが家の場合は田舎に住んでいるのですが、子どもの学校が家の直ぐ近くなので徒歩で通えてとても助かっています。
一方、同級生AさんとBさんのご家庭の場合は、同じ学区でも学校からはかなり距離が離れているので、Aさんは毎日車でお子さんの送り迎えをしていて、Bさんの場合は基本的にスクールバスを利用しています。(※田舎のため、スクールバス以外の公共交通手段は残念ながら無しです)
上の例の場合は、
『子どもの通学環境』という《条件》の中で、まず《徒歩 or 徒歩以外》の分岐ポイントがあり、次いで《徒歩以外》のルート(手段)に進んだ場合はその次の《条件分岐》ポイントして《車(自家用車) or スクールバス》のいずれかのルート(手段)に進む、という形でした。
わが家の周辺環境の場合は、そんな形で分岐後の選択肢が2択ぐらいにならざるを得ないのですが(あっ、そういえば、車でも“相乗り”って方法もありますね)、これが都市部であれば《JRとか私鉄とか地下鉄とか公共バスとか・・》と、もっと選択肢が増えてきて “より複雑” になってきますよね。
更に言うと・・
《JR》で学校の最寄り駅まで行った後に、今度はまた《徒歩 or バス》という選択肢がまた出て来て、低学年時は《バス》を選んでいたけど高学年になる来年からは《徒歩》を選ぶつもりだけど・・
その場合も、その次に《天気》という《条件分岐》ポイントがあって《雨》の場合はバスを選ぶけど《晴れ》の場合は・・
と、
「本当にキリがない!」と思うぐらいに、日々様々な《条件分岐》を繰り返しているのが私たちの日常なのですよね・・
ということで、
私たちは無意識的には毎日どころか、実は、毎瞬間・毎瞬間ごとに様々な《条件分岐&選択》を繰り返している訳です。
『プログラミング学習(教育)的な考え方』実践上のポイント&留意点
では、
意識的・自覚的になると何が変わるのでしょうか?
何でもよいのですが、これは、実際にやってみるのが1番!
最初は難しく感じるかもしれませんが、実際にやってみると慣れるにしたがって、様々ことが複雑に絡み合った事柄を1つ1つのパーツに分化して考えることが次第にできるようになってくると思います。
そのことをプログラミング的に表現すれば、《タスクを分割する》といいます。
この 《タスク分割の考え方》 を意識的にできるようになってくると・・
「どうすればよいか判断が難しい・・・」という事柄も、自分がそう感じてしまう要素を1つ1つ細かくパーツとして分割していくことにより、自分が “どこにひっかかりを感じているか?” がハッキリしてきます。
そして、その箇所がハッキリみえてくれば、しめたもの!
“複雑にコンガラガッタ糸の玉” と同じで、全体を1つの塊(カタマリ)としてとらえてしまった場合は、 「どこから手をつけたらよいかわからな~い・・・」となってしまうようなコトも、1番端の部分(パーツ)に目をつけ1つ1つのパーツを順番に解きほぐしていきさえすれば、ある段階からスルスルするっと解決の糸口がみつかるものです。
この糸玉の解きほぐしの場合と同じで、
“実生活の様々な事柄が複雑に絡み合った問題” も、以下の手順でその問題に向き合っていけば、案外自分なりの&自分のケースに適した、最適解にたどり着きやすくなることウケアイ!! です。
- 事柄を1つ1つのパーツに細かく分割してみる
- 分割した部分(パーツ)ごとに、
自分のケースに合った(ex. 自身の環境・性格などに合った)《条件分岐》を設定してみる - 2)の《条件分岐》ポイントから、枝分かれをしていく《選択肢》を設定してみる
- 3)の《選択肢》の中から、“自分に合う” と思われるモノを吟味し選択する
この手順を進めていく際の主な【ポイント&留意点】は、以下の2点です。
(そうであるのが望ましいと想います)
【1】:
《条件分岐》 ならびに《選択肢》の設定をする際には、主観に頼らず(頼り切らず)、できるだけ多くの情報・データを収集する。
その際には、
なるべく “エビデンスレベルの高い情報(根拠が確かな情報)” の収集を意識するのがベター
【2】:
4)のプロセスで吟味をする際も、自分自身をできるだけ客観視するのがベター
さて、
《タスク》とか《エビデンス》とかいった、ちょっと専門用語的なヨコ文字が出てきたので・・・
という風に感じた方もいるかもしれませんが、
そんな場合は、こう考えてみてはいかがでしょうか?
では次に、
この『プログラミング学習(教育)的な考え方』でもって、三歳児神話=『神話』的なものに対して、私たちはどのように向き合っていけばよいのかに、具体的に取り組んでみたいと思います。
三歳児神話=『神話』をプログラミング学習(教育)的に考えてみよう!
当記事では、『神話』的なものの代表として『三歳児神話』を取り上げてきましたので、ここでのプログラミング学習(教育)的に考えてみる “具体的な実践例” では、三歳児神話を題材としてみます。
他方、
と、おすすめもしてきました。
ということで、
三歳児神話に対する向き合い方を1つの例題として参考にしてもらい、皆さんには、個々の “お悩み事” を解決していっていただけると嬉しく思います。
ではでは、《実践例》を進めていきましょう!
先に、
《手順を進めていく際の主な 【ポイント&留意点】》 の1つとして、以下の案内をしました。
【1】:
《条件分岐》 ならびに《選択肢》の設定をする際には、主観に頼らず(頼り切らず)、できるだけ多くの情報・データを収集する。
その際には、
なるべく “エビデンスレベルの高い情報(根拠が確かな情報)” の収集を意識するのがベター
そうしたプロセスの具体的な方法としては、以下のようなやり方が挙げられると思います。
- 複数の相違する情報・意見を集めて、それを比較して分析してみる
(『神話』的な状態になっていると、必ず相違する意見がありますので。というか、だから『神話』と言われる訳ですよね) - できれば、論文などとして発表をされている学術的な情報にもアクセスする
(本であれば、巻末に参考文献のリストが付いている専門書にもふれてみる) - 『神話化』してしまっている状況を理解するため、歴史的な背景を追ってみる
(背景がわかると、神話のベールがあっさり剥がれるケースも結構ありますので)
さて、
今回の『三歳児神話』のケースでは、上のリストの中より《歴史的な背景を追ってみる》のプロセスを活用するアプローチを取ってみたいと思います。
先に、
当記事の《三歳児神話とは?『神話』と付く意味について》の章(見出し) において、三歳児神話についての具体的な《歴史的な背景》には既にふれましたので、ここではまず、その内容を簡潔に時系列でまとめてみます。
1951年(昭和26年):
世界保健機関(WHO)の委託でイギリスの医師 Bowlby が《第二次世界大戦による戦争孤児の調査報告書》を作成・報告。その内容が三歳児神話の基となる。
(※『子供が3歳になるまでは母親は子育てに専念すべきである』という観点に対して)
↑
47年間
↓
1998年(平成10年):
初めて公的に『三歳児神話』の言葉が使用される-『厚生白書』において。
(※厚生労働省はその後の国会答弁で「三歳児神話というのは、明確にそれを肯定する根拠も否定する根拠も見当たらないというのが事実」とした)
↑
21年間
↓
2019年(令和元年):
1998年の時点で、
「三歳児神話というのは、明確にそれを肯定する根拠も否定する根拠も見当たらないというのが事実」
とされた神話の実態については、21年後の現在も同じく(元ネタの調査報告書からは68年後!)、肯定・否定のいずれについても明確な根拠は存在しない状況のまま。
次に、
『三歳児神話』と関連が深いと考えられる《歴史的な背景》を、重ね合わせてみてみたいと思います。
(※以下の用語の内容はいずれも、Wikipedia よりの引用・抜粋です)
1)1960年代後半~1970年代前半の《ウーマンリブ運動》:
ウーマンリブ運動とは、1960年代後半から1970年代前半にかけて、主として欧米や日本などの先進国において起こった女性解放運動である
2)1991年(平成3年)~1993年(平成5年)の《バブル経済の崩壊》:
内閣府景気基準日付でのバブル崩壊期間(平成不況(第1次平成不況)や複合不況とも呼ばれる)は、1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの景気後退期を指す
1)に関しては、
《三歳児神話時系列》の1951年~1998年の間の丁度中間の時期にあり、そのウーマンリブ運動において三歳児神話の元ネタであるBowlby氏の報告書の内容が否定的に捉えられて、「その内容は神話に過ぎない・・・」という扱いを受けたことが推察されます。
この時期に、“神話というベール” をまとわされた、ということなのかと。
2)に関しては、
《三歳児神話時系列》の『1998年』 という時期が、バブル崩壊後の5~7年後に当たるタイミングである、ということがポイントだと考えられます。
バブル崩壊後に起こった日本国内の労働市場の劇的な変化といえば、“パートタイマーやアルバイトなどの非正規雇用” の割合を企業が大幅に増やしていったことです。
正規雇用とは違って非正規雇用であれば、企業の都合に合わせての人員の増員・減員がしやすいという理由(わけ)で・・・
ということは、
それまで、「女性は子どもが生まれたら、育児に専念すべき!」と言っていた(退職勧告をしていた)企業の人事部のエライ人達が一転、「短時間の非正規雇用であれば、子育て中の女性もぜひ働くべき!」と、企業側の都合を主張し出したことが推察されますよね
『三歳児神話』の元ネタの内容に対して “科学的な根拠はない” という否定的なアプローチを示し= “神話というベール” をまとわせて、世のママ達を労働市場に再参入させる気運を高めようとした・・・
という流れが、(バブル崩壊という)歴史的背景を重ね合わせてみますと、自然に読み取れてくると思います。
“神話というベール” についてはこの時期に、ウーマンリブ運動の時代にまとわされたものを再強化する動きがあった、ということだと思われます。
2つの違いは、
ウーマンリブ運動の時代は、“女性達の一部による女性側からの否定” であった点。
バブル崩壊後の時代は、“労働市場側(=企業および国)からの否定” であった点、です。
さて、
ここまでは、“三歳児神話を神話化する=否定的にみる” という《歴史的な背景》についてみてきましたので、今度は逆に、“肯定的にみる” 側の背景もみてみます。
この点に関しては以下の歴史的事実を取り上げてみたいと思います。
ヒトゲノム計画・プロジェクトにより、ヒトゲノム(人の遺伝情報全体)の全解析が完了。
【A】のヒトゲノムの全解析が完了したのを1つの契機としてその後、遺伝子学は飛躍的な発展を遂げていきます。
そして、
それまで特別な存在と考えられていたヒトという種が実は、生命進化の大きな流れの中においては(遺伝学的には)他の生物と大きな違いがないことが明らかになり、“神話のベール”が次々と剥がされていくことになります。
(※チンパンジーとヒトは遺伝子的に96%類似しているそうです!)
そうして生まれた “新たな人間観” や測定機器類などの技術の加速度的な進歩もあり、脳科学や発達心理学などの研究も急速な発展を遂げていくことになります。
『尾木ママ』こと尾木直樹 氏の《幼少期の子育て》の講演内容より
以下は、あの【 尾木ママ 】の講演内容の記事からの引用です。
(ちょっと長くなりますが・・)
~中略~環境省が主導する『エコチル調査』の結果を紹介した。
子どもを取り巻く環境が子どもの成長に与える影響を調べるため、マイナス10ヶ月(妊婦)から13歳の子どもを対象に、食べ物から生育環境、母子の健康状況などを14年間に渡って追跡するものだ。全体で10万人が参加する国際的にも注目される調査であり、中間報告が英語の研究誌に掲載されたという。
「その結果、衝撃的なデータが出てきたのよ。妊娠中に夫婦喧嘩ばかりする夫婦や暴言を受けた妊婦さんから生まれた子どもに、統計学的に有意な結果が出たんだけど、何だと思いますか」
~中略~
「じゃあ、胎児は何ヶ月ぐらいから耳が聞こえていると思いますか」 『5ヶ月』 「正解。よく知っているわね。あなたが子どもだったら夫婦喧嘩の言葉を聞きたい?聞きたくないでしょう。だから耳。聴力が弱いの」と尾木氏。
『え~っ』と会場がどよめく。明らかに聴覚に要精査の傾向が認められたのだという。
その上で、胎内記憶は3歳まではほとんど持っており、それを覚えていると答えた子どもは全体の33%、出産体験を覚えている子どもも21%に上るとの別の研究結果を披露。
「でも、5歳になると消えちゃうの。だから5歳未満の子どもがいる方は聞いてみて」と促し、胎児のときから子育てや教育が始まっていることを、社会全体が理解することが大切だと強調した。
~中略~
言葉が通じるようになってから、言葉で論していく子育ては間違っていると断言した。
「胎児の段階で理解する力を持っているので、3歳児未満の子どもでもちゃんと目を見て説明するよう心がけてね」。
~中略~
ハーバード大学と東京医科歯科大学の共同調査の結果を紹介した。
“お尻ぺんぺん”をした家庭とそうしなかった家庭の子どもを比較すると、体罰を受けた子どもは、「落ち着いて先生の話を聞けない」が 1.6倍、「約束を守れない」が 1.5倍と明らかな差が出たという。
~中略~
子どもの基本的信頼感を育てるためには2歳までが勝負で、それまでに愛情をしっかり子どもに伝えてほしいとも訴えた。
「それには抱きしめること。抱きしめるとオキシトシンという愛情ホルモンが出てきて、これがたくさん出ると他人にも愛情深い子どもになるの」。
加えて、叱るときには頭ごなしに叱らないで、子どもの言葉を聴いてあげてほしいという。「まず、『どうしたの?』と聴くこと。聞くではだめよ、心が入っていないから。そして子どもが言い訳したら、『そりゃ、大変だったね』と共感してあげて」。
~中略~
最後に、この言葉だけは覚えて帰ってほしいと、参加者全員で「どうしたの?」「そりゃ、大変だったね」を復唱。
大拍手に送られて会場を後にした。
【講演内容のデータ】
◆日時:2019年7月28日(日) 13:30~16:30
◆場所:明星学園小学校(いちょうのホール)
◆シンポジウム名:『幼少期に必要な教育とは』
◆尾木氏の基調講演タイトル:
子どもの心を育てる ~自己肯定感と共感力~
【引用記事のデータ】
◆引用元:朝日小学生新聞 2019年8月31日の全面広告記事より
とても興味深い内容だったのではないでしょうか?
ケーススタディ:三歳児神話をプログラミング思考で《条件分岐》してみる
さてさて・・
このぐらいで、この章の主題である
『三歳児神話=『神話』をプログラミング学習(教育)的に考えてみよう!』のための材料(資料)は、とりあえず揃ったこととさせてください
では、
これらの材料を基に、
『プログラミング学習(教育)』の狙いである、《プログラミング的思考=論理的思考能力&創造力》を用いて、『三歳児神話』についての《条件分岐》を設定していきたいと思います。
まず、
前提となる『三歳児神話』の内容を改めて、確認しておきたいと思います。
以下、Wikipediaより再度引用します。
三歳児神話(さんさいじしんわ)とは、子供が3歳になるまでは母親は子育てに専念すべきであり、そうしないと成長に悪影響を及ぼすという考え方
同じく、Wikipediaには以下の内容の記載もあります(引用します)。
平成10年(1998年)版『厚生白書』が「少なくとも合理的な根拠は認められない」と初めてこの問題に絡む記載をしたが、厚生労働省はその後の国会答弁で「三歳児神話というのは、明確にそれを肯定する根拠も否定する根拠も見当たらないというのが事実」とした。
1998年(平成10年)の時点では、
「三歳児神話というのは、明確にそれを肯定する根拠も否定する根拠も見当たらないというのが事実」という状態であったことは、そのまま言葉通りに『事実』だったと捉えて妥当だと思います。
その後の “諸科学・技術の急速な進展” によってその内容はどちらに傾いたといえるでしょうか?
先にあげた以下の2点、
- 《歴史的な背景》 の【A】の内容をどう捉えるか?
- 【尾木ママ】の講演内容をどう捉えるか?
が、まずは1つの《条件分岐》ポイントとなると思います。
最新の大規模な研究内容についてふれた【尾木ママ】の講演内容を踏まえますと、この分岐ポイントで 『肯定側』 を選ばない人は、今やかなりの少数派なのではないかと思いますが、いかがでしょうか?
もしかして・・
「尾木ママってちょっと苦手・・・」って理由で否定側を選ぶ人もいたりするかもしれませんが(笑)
(でも・・それって論理的とはいえないですよね)
次に、
『三歳児神話』を否定的に捉える派の人が、実際には現在も相当数いる理由として挙げた 《歴史的な背景》 の1)と2)の妥当性について考えてみたいと思います。
当記事での材料として、私は、以下の2つの《歴史的な背景》を挙げました。
- 1960年代後半~1970年代前半の《ウーマンリブ運動》
- 1991年(平成3年)~1993年(平成5年)の《バブル経済の崩壊》
その点をどう捉えるか?も、1つの《条件分岐》ポイントとなると思います。
また、
当記事で取り上げた《歴史的な背景》とは別の《歴史的背景》を選ぶことも、勿論 『あり!』 です。
《条件分岐》ポイントは、それを設定する個々人が自分自身の志向・思考を客観視するのにより都合が良いと思われる事柄(=歴史的背景)を選び出すことにより、千差万別に変化して構わないと思います。
また、
どのような選定をするのかが《個性》だと思いますし、その《個性》こそが、個々人ごとの《創造力》につながるのだと思います。
《条件分岐》ポイントを設定する際に、できるだけ主観(感情)は排し、『論理的・客観的に妥当』と考えられる事柄を選ぶこと だと思います。
ということで・・
私的な結論として、できるだけプログラミング思考=論理的思考で捉えてみた『三歳児神話』 とは以下のようになります。
三歳児神話の考え方には、基本的に賛同です。
但し、
賛同しかねる箇所があるので、その部分については「一部改変をさせてもらいたい」と感じています。
具体的には以下のように。
より具体的には、
「母親は子育てに専念すべきであり~」の『専念すべき』の部分を、『特に重要視すべき』に書き換えている点になります。
論理的・客観的に考えてみていくと結局・・
三歳児神話の問題点は、この 『専念すべき』 いうフレーズに集約されることがみえてくる、と思います。
この、問題点となる部分を具体的に絞り込んでいく一連の流れを、プログラミング的思考・考え方で言い表すと、以下の表現になります。
『課題の抽出』を実行 したプロセス、と。
そしてこの、
抽出された課題をどう捉えるか によって、個々の人が導き出す結論もまた変わってくる。
というのが、「 “リアルな現実” というものなのかなぁ~」 と、そのように感じています。
先でもふれましたように、
現実生活における諸問題の【結論】というものは、学校のテストに出てくる問題とは違って《条件分岐》の設定内容次第で変わってきますので、全ての人に共通するような答え=○か×かという二元論的な答えはない・・ いうことになります。
ですが、
と思っています。
今回は、プログラミング的思考の【ケーススタディ】として『三歳児神話』を取り上げ、色々と書き連ねましたが・・
当記事の内容が、読んでいただいた方の《子育て・育児の悩み解消のヒント》となり、
そして何らかのヒントを得たことで少しでも気持ちがやわらぎ&ホッコリとしていただけたら幸いです♪
【おまけ】
以下の書籍案内の記事は、当記事と関連性の高い内容の書籍を案内した【サチホコ】(当ブログ)の中の記事です。
よかったら、 こちらもご覧ください。
『三歳児神話&子育て』について
先日、とても読みやすく、心がホッコリするような子育て・育児本に出合いました 児童精神科医の佐々木 正美さん(2017年没)の著作『子育てのきほん』という本 なのですが、表紙や挿絵の色使い が、まるでディック・ブルーナさんのミッフィー[…]
『プログラミング学習&思考』について
本ページはプロモーションを含みます2020年に小学校で『プログラミング学習』が必修化されることを受けて、2018年頃から関連本が数多く出版されていますよね。図書館通いの中で、わが家の子どももプログラミングに関する本に興味を持ち[…]
【もうひとつおまけ】
こちらは当記事のテーマ《プログラミング的思考》を学ぶための『子ども向け教室・スクール』のご紹介です。よかったら参考にしてください。